無媒介という幻想と近代メディア論における魔術払い
凡例: トーマス・ラマール『アニメ・エコロジー』からの引用はすべて( )の中に頁数のみ表記しています。
米原:今回の話の前提になっているところですね。序章が終わってから入る第1章は「全国民規模の発作」。ポケモンショックをめぐる言説とメディアのすべてを合わせていき、行政による介入といった視点まで幅広く論じますね。
白江:この話ってかなり広がりあるんですよね。ポケモンショックが1997年じゃないですか。そこから10年ぐらいすれば『School Days』(2007年)で、最終話の”nice boat.”事件が起きる。2007年の年京田辺警察官殺害事件に放送局が配慮した結果、最終回の放送が中止されて、謎の風景番組に差し替えられ、川に船が走っていて、4chanで書き込まれたという”nice boat.”という言い回しがネットミーム化する。”nice boat.”事件ではポケモンショックの規模ではないんだな、とかいろいろ考えちゃいますよね。
石岡:あ、そうね。とはいえ、ラマールを理解して、ポケモンショックの代わりに”nice boat.”で語るオタクもいると思いますよ。
白江:2007年の年京田辺警察官殺害事件を軸にすると『School Days』だけではなく、『ひぐらしのなく頃に解』(2007年)との絡み合いについても指摘できますよね。こちらも同じくアニメの放送が延期されたり止まったりしました。ポケモンショックと同じで、暴力性という点では似てるわけですよ。でも、『School Days』・『ひぐらしのなく頃に解』はそこまでメディウム・スペシフィックな感じはしないわけですよね。そうした点でもポケモンショックという題材はとてもチョイスがいいと思います。この少しあとに、『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)も東日本大震災による影響で放送が停止する。『魔法少女まどか☆マギカ』は震災で、それ以外が未成年殺人犯罪という点で少し違うのですが、どちらにも共通していることがあり、それはトラウマとショックの表象をめぐる論争に巻き込まれている、ということですよね。そうした論争の始まりは実はポケモンショックにあり、それをとりあげたのが第一部の議論のすごさなんですよ。
