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結社クリナーメン読書会『アニメ・エコロジー』第1回(6)

結社クリナーメン読書会『アニメ・エコロジー』第1回(6)

ラマールと日本のキャラクター論を出会わせるなら

凡例: トーマス・ラマール『アニメ・エコロジー』からの引用はすべて( )の中に頁数のみ表記しています。

米原:この読書会は、石岡さんが授業で使うことを前提に始めましたけど、授業で使いづらいですよね。学部生向けには、ここを引用に使ってはいけないと話さざるをえないし、院生向けであれば論証の補足や反証があれば研究を紹介させるかもしれないですね。あまりにも圧縮され過ぎている記述です。

石岡:とはいえ、授業で概説をするときに、使えるなとも思いました。このパラグラフの1番最後あたりに「1965年から75年生まれ」っていうオタク第2世代の定義とか、北米の読者を想定しているために、情報がまとまっていますね。念のため、臼井の次の世代であるオタク第2世代についてここであらためてまとめましょう。

『ドラえもん』を主力なコンテンツとなった『コロコロコミック』が創刊されたのが1977年で、それのアニメ化が1979年です。つまり、『ドラえもん』のアニメ化というのをベースにまとめれば、テレビアニメ・シリーズ化を概観できる。また、『コロコロコミック』のマルチメディアの展開としてラマールがあまり触れていないところとしては、トイ、おもちゃといった関係もありますね。あと『クレヨンしんちゃん』的なアニメのドラマの作り方の本当の起源としては、60年代にも『オバケのQ太郎』(第1作は1965-1967)がありますが、論証するのは難しいとはいえ、やはり70年代初頭の『ど根性ガエル』(1972-1974)が今見てもレベル高いと言えるでしょう。歴史的にいえば、『ど根性ガエル』のアニメが本当にパワーを発揮したのは、そのスタッフがスライドした『ドラえもん』初期なんですよね。私の考えでは、技術的な系譜は手塚治虫はもう忘れられているけれど、『ドラえもん』までは遡られていると思う。その影響力の大きさは、いまSFオタクと称するポピュラーSFオタクは、『ドラえもん』的SFつまり、「少し不思議(Sukoshi Fushigi)」をクリシェに用いることが多いですが、そもそも『ドラえもん』を誰もが知っている必要がありますし、それは明らかにテレビ・アニメシリーズを含むマルチメディアに成功した先行例だからでしょう。ただし、これは臼井世代の次の第2世代オタク的価値観を理解する枠組みですね。次世代を考えるうえでは、ラマール的な議論が必要と言えるでしょう。

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