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量子状態・情報・計算――量子力学と量子情報理論の現代形而上学入門 米原将磨

量子状態・情報・計算――量子力学と量子情報理論の現代形而上学入門 米原将磨

第1節 序文

今回の記事の内容について私は独学者にすぎないが、それでもこの記事をまとめたのは、カレン・バラッドの『宇宙の途上で出会う』(2008年)を精読するためである。バラッドのこの著作は、社会における不正義に対する抗議のための言葉を存在論的なレベルから擁護するために、私たち自身と世界の関係についてのイメージを刷新することを目標とする。そのさいに、彼女はボーア自身が量子力学において実在論者としての立場をほとんどとっていないのにもかかわらず、あえてボーアの主張の一部を実在論的に強く解釈していくことでバラッド=ボーアとして、エージェンシャル・リアリズム(Agential Realism)というアイディアを生み出した。

2010年代の米国を中心とした批評理論への影響は非常に大きかったものの、量子力学についての知見や科学史のみならず、フーコーやバトラー、さらには広くフェミニズムに関する知識も要請されていたため、長らく日本では翻訳がなく、紹介や応用もほとんどされてこなかった。一方で、本邦では「エージェント」に関する議論は、ラトゥールの影響を受けた様々な文化人類学や社会学の著作の翻訳に依拠することが多かった。バラッドもまた、ラトゥールを批判的に検討する対象として挙げている。その結果、アクター・ネットワーク理論よりもさらにラディカルな、いってしまえば主体と客体をめぐる存在論的なレベルでの宇宙像の更新をバラッドは試みるに至った。

バラッドの主張についての吟味を本稿では行わないが、2008年以降に整備されてきた量子力学・量子情報理論に関しての現代形而上学の議論は大きな変化を遂げた。しかし、実在論の細やかな区別について、管見の限り今回の限定的な用途に従った範囲でまとめたものが存在しなかったため、自分で作成することにした。以上が本稿作成の経緯である。

本稿においては、基本的な現代形而上学の議論はおおよそ理解していることを前提とする。より具体的には、『現代形而上学 分析哲学が問う,人・因果・存在の謎』(新曜社、2014年)といった概説書の内容について学習し、どの学説についても基礎的な説明ができることを前提とする。

また、量子力学の科学史におけるごく基本的な概念や量子力学に関しての哲学的な議論についてもあまり解説していない。たとえば、本稿では注釈なしに、波動関数はもちろんのこと、EPRの実在性基準についても言及するが、その意味について理解していることを前提としている。一方で、量子計算の分野ではごく一般的な「魔法状態」といった用語については、解説している。これは、想定される読者にとっては魔法状態は科学史においてはごく最近の術語であり、知られていないだろう、知っていたとしても今回の説明の中ですぐに理解できるものではないだろう、という私の判断によるものである。なお、より具体的に述べれば、ヘリガ・カーオ『20世紀物理学史』(名古屋大学出版会、2015年)をそうした判断の前提においている。ただし、各説の論拠について、方程式を追うことも一切しない。たとえば、早川尚男が“Quantum tunneling Mpemba effect”( https://doi.org/10.48550/arXiv.2607.03845)という論文を執筆当時に公開したが、その内容について私はほとんど理解できない。その点を踏まえても、本稿は独学者向けかつ曖昧なところがある。

このように、あくまでも現代形而上学および量子力学・量子情報理論・情報理論をめぐる現代形而上学の議論に関心をもつ独学者に向けた記事であり、この分野に関わる専門家が読んで得られるものはほとんどない。あくまでも各論説の立場について簡易にまとめたものとなっている。ただし、日本で本稿に関連して重要な主張を行っている落合陽一や堀田昌寛について、この記事においてどのように位置づけられるかといったことに関心がある場合は、その主張の是非を吟味していただきたいと思う。

次に、私の科学哲学・科学史についての専門性について述べる。私は文学研究者として「科学の大衆化(la vulgarisation de la science)」という、フランスの科学史・ジャーナリズム史で使用されている分野について文学研究者から研究してきた。あくまでも文学研究者の立場にいるため、科学の大衆化の概念の拡張や修正といった学問分野に大きく貢献する論文を発表したことはない。今回に関わる範囲ではないが、19世紀末のフランスでの原子論論争、たとえばArthur HannequinはEssai critique sur l’hypothèse des atomes(1893年)についてなど、ローカルな科学史については一定の知見を有している。ちなみに、この著作は、現代的な言い方をすれば操作主義の立場から原子論を擁護し、原子はその実在性を問わずとも、物理現象を説明するうえで要請される概念ではあるとする一方で、原子が世界を根本的に構成する実在であるという学説を拒否したという点でフランス原子論の論争に対して大きな影響力をもった。また同時に、こうした研究の関係で、フランスにおける科学哲学のひとつであるエピステモロジーという学問分野には基礎的な知見を有している。20世紀前半についてはそれほど詳しくないが、戦後に関してはおおよその内容について基本的な知見を有している。

最後に、本稿の作成方法について述べる。本稿はChat-GPT 5.5 Proで本稿のドラフトを生成するためのプロンプトを入力した結果に対して、各節ごとすべて私が修正し、すべての注釈についてその妥当性を私が評価した。この過程で、私自身がStanford Encyclopedia of Philosophy(以下、SEP)を頻繁に参照しているので、SEP史観の影響が強くなっている点には留意していただきたい。

以上のような背景のため、本稿の一部には解釈の齟齬などもあることが考えられる。その場合には弊社ウェブページの連絡先よりご指摘願いたい。

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